03/春(生活企画課あいさつ係・梅野健/総務部監察班・東海林彩子の場合)

 生徒会生活企画課内に、あいさつ係という係がある。朝、誰も生徒がいない間に登校し、昇降口に立って、登校してくる生徒にひたすらあいさつをくり返す。そんな拷問みたいな係に配属されたのが、このオレ。去年まで、ゆっくり寝坊して、遅刻ギリギリで滑り込んでいたのが嘘のようだ。てか普通に懐かしい。
 「おはようございます!」やけくそ気味で怒鳴る。1年生の女子なんか、ベソをかいたような顔で、無言で通り過ぎていく。泣きたいのはこっちだ。でも、八つ当たりのように怒鳴っている自分も情けなくなってきた。なにをやってるんだオレは。
 「梅野君!おはよ!」
 さわやかな声をかけてきたのは、監察班の東海林彩子だ。うわー、マジ最悪。生徒会内の風紀を取り締まる監察班に目を付けられたら、処分は確実。10日連続生徒会室の掃除とか、部活出場停止とか。せっかく部活レギュラーになったんだぜ。今までのオレの努力はどうなるんだよ!心の中で叫ぶ。
 「ねえ、さっきの子泣いてたよね。」
 悪魔め。こいつはやっぱりオレを処分するつもりだ。にしても、一人であいさつするオレの気持ちが分かるのか。わかんないよなー。たぶん。
 「あいさつは、明るく愛想良く。これが鉄則でしょ。梅野君のはさあ、なんつーか、かなり恐いね。じゃあ、私が手本見せてあげるよ。」
 はあ?東海林の奴、なんて言った?すると、あいつは「おはよう」と言いながら、笑顔を作って馴れ馴れしく生徒たちに近づいていく。そういえば、あの技を使って男子に意図的に告白させる遊びもやった…という話だ。「春風みたいな笑顔だった」とは、告白した奴の弁。てか普通に恐えーよ。そんなことされたら、精神に破綻をきたすぜ。と、あいつは続けて生徒にこそこそと耳打ちする。すると、そいつらは、オレの隣に来て、他の生徒たちにあいさつを始めた。東海林は声をかけ続け、10人ほどが並ぶ。
 「東海林、これ、どんなわけ?」
 「んー、10日間ここであいさつすれば、今までしてきたこと風紀係に通報しないって言った。10日ごとに10人捕まえてくりゃ、梅野君ひとりで、『人殴りに来ました』みたいな顔してあいさつしなくてもいいでしょ。したら、1年生のあの子も泣かずにすむし。それに、あいさつは、みんなで明るく愛想良くのほうがいいよ。」
 「通報しないって、そんなことしていいのかよ。」
 「うん。私は、梅野君に脅されてやったってことになってるから。」
 そう言って小さく笑ってみせる。全くこの悪魔め。でも、ちょっとだけ感謝した。
 今度、パンでも奢ってやろうかな。
 え、ちょっと待て。自分の言葉をくり返してみる。もしかして、オレは藤沢の策にはまってるってことか。それでもいいや。あの笑顔が見られるなら。
 って……!