02/入学式(生徒会総務部長・星川ちかの場合)

 「部長、入場まであと5分です。」
 式典係長の江尾野香織が私に耳打ちした。
 体育館後部のギャラリー。体育館全体を見回せる位置に、私と香織の席があった。席と言っても、固いパイプ椅子でしかないのだか。既に保護者、来賓は席に着き、新入生の席の群れがぽっかりと空いている。
 香織を見ると、顔が赤い。2年生にして式典係長という大役をこなしてきたのだから、当然か。でも、それだけじゃないようにも見える。準備が終わった体育館で、私の顔をのぞき込んだ時の上気した表情。もしかして、私に恋してる?まさかと思い、吹きだしてしまった。
 「部長?」
 「なんでもない。」
 平静を装って咳払いする。私は泣く子も黙る生徒会総務部長なのだ。それに、彼女の前では常に凛としなければといけないのだ。香織を見ていると、去年までの、しゃにむに駆け回っていた自分と、それを助けてくれた、女性生徒会長のことを思い出す。彼女は常に凛々しかった。私もそうなりたいと願った。だから、私も彼女のようにするのだ。そういえば、私も彼女のことを熱っぽく見ていた気がする。
 自分も、彼女と同じような立場になったのだな。そんな瞳で見られるようになったのだ。 香織には力がある。私がグランドの桜並木で黄昏れていた間に、一人で準備の指揮を執った。ただ、自分の力に気付いていない。きっと来年は、香織に憧れる生徒がいる。役割は、こうして受け継がれていくのかもしれない。彼女も、私も、そして、香織も、そんな長いドラマのキャストにすぎない。そんな意味で見れば、これからここに入場してくる新入生も、学校という、延々と続くドラマのキャストなのだろう。それぞれの学年で、自分に与えられた役割を演じ、そして卒業する。すると、また新入生が入り、役割を演じる。
 それでも、一人一人にとっては、かけがえのない瞬間になるのかもしれない。
 勉強に打ち込みたいという子もいる。恋愛に身を焦がしたいと思う子も必ずいるはずだ。もしかしたら、中学校時代つきあっていた相手と学校が別になって、暗澹たる気持ちでこの式に臨む子だっていないとは言えない。(ちなみに、私は、そんな奴には一刻も早くもっと素敵な人を見つけろと言う。経験上、青い鳥は近くにいるのだ。しかし、これを友人に言ったら、あんたの少女趣味には頭が下がると言われた。)そして、何より、私と香織が座っている、この席を目指す子もいて欲しい。
 「3,2,1,入ります。」
 香織が携帯を使って入り口の係員に合図を出す。
 体育館入り口の大扉が開く音がする。
 瞬間、吹奏楽部の演奏が響き渡った。
 拍手の中、次々と入場してくる新入生たち。私の位置からは、その顔をうかがい知ることはできない。
「ようこそ、比良坂高校へ。」
 自然とそんな言葉が出た。香織が怪訝そうな顔を向けてよこした。
 私は、それに自分で言うのもなんだが、とびきりの笑顔を返した。
 すると、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいた。香織、あなた、本当に大丈夫なの?
 でも、昔の自分を見ているようで、ちょっと楽しい。私は意地悪かもしれない。