01/桜(生徒会総務部式典係・江尾野香織の場合)

「せ、せんぱい、す、好きです。」
あたしが、先輩を見上げてそんな言葉を言ったら最後、強烈な光で目がくらんだ。
「あ、朝だったんだ。」
まだぼんやりしている頭を振ってベットから立ち上がる。カーテンの合わせ目から、朝日が差し込んでいた。カーテンを開けると、快晴!今日の入学式もうまくいくといい。
「香織!朝ご飯食べなさい!」
母の声が聞こえる。あたしはのびをすると、「はーい」と返事をした。

 姿見の前で、制服に着替え、髪を整える。ネクタイを結んで、うん、悪くない。ネクタイが上手く決まった日は、全てが順調にいきそうな気がする。最後に、ブレザーの胸ポケットの上に「HSC」のプレートをつける。−Hirasaka Student Council−うちの生徒会役員がつけるプレートだ。「式典係の江尾野香織です。今日は宜しくお願いします。」今日、何回も言うであろう台詞を言って、姿見のあたしはお辞儀をした。

「総務部長は、まだ来てないの?」
 数クラスの生徒が出て、いす並べ、紅白幕の設営、お花の用意、入学式の準備が進む体育館。彼らに声を枯らして指示を出し、あたしも駆けずり回っていたとき、誰かが言った。
はっと息を飲む。そういえば、今日の夢、あたしが総務部長−星川ちか先輩−に告白する夢だった。どうしてこのタイミングで思い出すかな。しかも、なんで星川先輩に?
 こういうのって、百合っていうのだろうか。文芸部の友達はそんなことを言っていたけど。あたしはノーマルのはずだ。確かに星川先輩にあこがれはある。あんなふうになりたい。期待と信頼を一身に集め、冷静に仕事を進める存在。そして、一番の生徒会のムードメーカでもある。この憧れが、あんな夢を?
「どうした江尾野。さっきまでの勢いが失せて、式典係長が心ここにあらずじゃないか。」
先生に言われ、我に返った。

 準備を担当したクラスの方々に引き揚げてもらい、体育館の入り口にいると、大扉が開いた。現れた星川先輩は、ニッと笑って見せた。
 「どこ行ってたんですか。一人で指揮をやらなきゃなりませんでした。」
 「ライオンは子どもを崖から突き落とすってね。」
 そんな言葉を交わしながら、先輩の後に続いて体育館に入る。部長自らチェックするつもりだろう。
 先輩の背中を見ると、なにか光るものがある。あたしはそれを取ると、ふと思いついてハンカチに包んだ。
 「部長、どこに行ってらしたか、わかりましたよ。」
 「おかしいなあ。それよりも、準備、よく頑張ったね。来年は、もっと大きな仕事してみる?」
 悪戯っぽい笑顔をあたしに向けた。先輩の肌のきめ細かさがわかる近さで、すっごいどきどきした。

 入学式が終わった放課後、あたしは茶道部の部室にいた。入学式中もちょっと、上の空が入っていた。これじゃいけない。先輩みたいにクールにならなきゃ。
 「爪のあかじゃなくても、いいのかな。」
 ハンカチからさっきのものを取り出して、わざと声に出して言ってみる。
 現文の授業のとき、担任が、なんか、憧れの人のつめの垢を煎じて飲むと自分も立派になれるって言っていた。居眠りしてたからうろ覚えだけれど。んな馬鹿なことあるかって思う。でも、先輩についていたこれを飲めば、少しは効果があるかもしれない。
 桜の花弁を湯飲みの底に入れ、お湯を注いだ。
 桜湯なんて、我ながら風流だ。と思って口をつけると、熱っ!お湯の温度を間違えちゃった。
 先輩のようにスマートにはなれないね。あたしは。自嘲気味に思う。

 冷ますために息を吹きかける。思いっきりやったら、意識が遠くなった。
 目まいを感じながら、視線が窓に向く。
 凛として廊下を歩く、ちょっとだけ大人びた自分の姿を見た気がした。